「邪馬台国」の誤解1
2017.03.06
●宝瓶宮占星学サイトに連載した「占星学と解く日本成立史」また「占星学から解く日本の原点」に書いていない「小ネタ」を随時アップしていくシリーズです。


今回は「邪馬台国」シリーズです。

多分、多くの人が誤解していることが、ここにあります。

それは、日本(統一大和)のはじまりが「邪馬台国」にあるというお話です。

中国の歴史書、そこに残るもっとも古い「日本」に関する記述が、卑弥呼の「邪馬台国」、いわゆる「倭国」(わこく=女王国)であるために、日本のはじまり(原点)が「邪馬台国」だったと思い込んでいるのです。

間違いです。

あくまでも、中国の「魏志倭人伝」に日本に関する最初の記述である卑弥呼の「邪馬台国」の記録が残ってるというだけであって、それが実際に日本の最初の“国家”だったという証拠には、けっしてなりません。

「魏志倭人伝」は、正式には『三国志』の中の「魏書」第30巻「烏丸鮮卑東夷伝」の最後に記される「倭人」条のことなのはご存じのとおりです。

それが日本に関する、もっとも古い記述であるために、日本のはじまりは「邪馬台国」だと勘違いしているのです。

記録に残っているから、それが最も古いわけではありません。
まして、中国の記録に残っていない古い日本の歴史もありますので、当然、日本にも「邪馬台国」以前に、各地方に数々の歴史がありました。

国譲りをしたとされる大国主神の国もその一つで、「邪馬台国」の歴史がもっとも古い日本の姿とはかぎりません。

このことが考古学からも理解できると、日本の原点が「邪馬台国」ではなかったことが明確に見えてきます。

つまり、いくら原初統一大和のはじまりとされる“前方後円墳”が発見されようと、それは「邪馬台国」とイコールにはならないということが理解できます。

多くの人が誤解しているお話がここにあります。

次回から、このような「邪馬台国」について述べてまいります。


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