渋谷“ショック”のお話
2017.05.15
ごくプライベートなお話です。

むかし住んでいたことがあり、仕事をしていた、かつて“お江戸”と呼ばれた街に所用があって訪れました。

そのなかでも大手町界隈は、見事に整然と大きな街になっていました。
それに比べて、渋谷は魅力のない小さな街に変容していて、個人的に“ショック”を感じたというお話です。

古きよき渋谷は、もはやありませんでした。

いちばん感じたのは、かつて“オシャレ”(トレンディ-)で流行の発信地だった街から、その座を表参道などほかの街にうばわれ、ジャンクフードをはじめとした“グルメ”という名の“飲食店の街”になっていたことです。

創業当初、威容を誇っていた「109」は驚くほど小さく、渋谷駅前の「スクランブル交差点」も、むかしと同じ大きさのはずなのに、「えっ、こんなに小さかった?」と思えるほど狭く感じます。

渋谷センター街も、道幅は変わらないのですが,狭い間口の飲食店が立ち並んだせいか、道幅を狭く感じる“じゃみじゃみ”した通りに変わっていました。

ドラマでよく使われたオシャレな印象だった「公園通り」も同じです。
糸井重里が名キャッチコピー「おいしい生活」(当時)を生んだパルコも消えています。
一世風靡がまだ売れる前、路上パフォーマンスをしていたNHK横、「代々木公園」も行ったときには異様な人ゴミ状態、落ち着ついたオアシスのおもむきはありません。

たしかに、今は「渋谷マークシティー」や「渋谷ヒカリエ」などの高層建築ができましたが、かつての東急文化村など、ファッションや若者文化の発信地の姿はなく狭くゴミゴミした街がありました。



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